LINEで初診予約
院長コラム

不妊治療中の女性は本当にうつや不安が増えるのか―デンマーク6万人解析が示した意外な結果

不妊治療中の女性は本当にうつや不安が増えるのか―デンマーク6万人解析が示した意外な結果
INDEX 目次

不妊治療を受ける患者さんを診療していると、「精神的につらい」という声を聞くことはかなり多く認めます。実際、不妊や体外受精は大きな心理的負担を伴うことが知られています。

しかし一方で、「不妊治療中の女性は本当にうつ病や不安障害が増えているのか」を、長期間にわたって検討した大規模研究はこれまで多くありませんでした。

今回紹介するのは、デンマークの全国データを用いて、不妊治療(MAR:生殖補助医療)の前後6年間におけるうつ病・不安障害の変化を解析した非常に興味深い研究論文です。

1. 6万人のデータから見えたメンタルの「U字型パターン」

この研究では、2006年から2018年までに不妊治療を開始した女性64,611人と、年齢や出産歴、精神疾患歴をマッチさせた一般女性64,611人が比較されています。

論文のAbstract(要旨)では、この論文の最も重要な結果が示されています。

不妊治療を受ける女性では、治療前にうつ・不安が減少し、治療開始後に増加し、3年後には治療前のレベルへ戻るという「U字型パターン」が認められました。これはかなり興味深い結果です。

治療開始時はむしろメンタル状態が良い?「healthy patient effect」とは

論文内のFigure 1は、この論文で最も重要な図です。

赤線:不妊治療群
青線:一般女性群

データを分析すると、一般女性群ではうつ・不安の発症率はほぼ横ばいでした。一方、不妊治療群では、治療開始前に発症率が徐々に低下し、治療開始後に再び上昇していました。

つまり、「不妊治療を受ける女性は、治療開始時点では比較的メンタル状態が良い人が多かった」ということです。

著者らはDiscussion(考察)で、この理由として「healthy patient effect(健康患者効果)」を挙げています。つまり、精神的に比較的安定している人ほど不妊治療を開始しやすいという選択バイアスです。

実際、論文のTable 1を見ると、不妊治療群は一般女性群よりも、うつ・不安の既往(過去の経験)が少なかったことが示されています。

また、不妊治療を開始する時期は、「妊娠へ向けて前向きになっている時期」でもあります。そのため、一時的にメンタル状態が改善している可能性も考察されています。

2. なぜ治療開始後にうつ・不安が増加するのか

しかし、その後の治療経過の中で、再びうつや不安が増加していることが分かりました。

論文内では、この理由について詳しく議論されています。著者らは以下の要素が関係している可能性を述べています。

○ 治療の失敗(陰性結果)
○ 身体的負担(注射や採卵など)
○ 経済的不安
○ 将来への不確実性

特に重要なのは、「不妊治療そのもの」だけでなく、「出産できなかった場合」が精神的負担に大きく関係する可能性です。

また、この論文が非常に重要なのは、「重症例だけを見ていない」点です。病院での診断名だけでなく、抗うつ薬や抗不安薬の処方も含めて解析しています。つまり、「一般診療レベルの精神的不調」もしっかりと拾い上げているわけです。

3. 「不妊治療患者=精神的に不安定」という単純な話ではない

論文のFigure 2では、有病率の推移も示されていますが、ここでも同様のU字型パターンが確認されています。

一方で非常に重要なのは、「不妊治療群の方が、全期間を通して一般女性よりうつ・不安率は低かった」という点です。これは非常に意外な結果かもしれません。

著者らは、この結果について以下の背景が影響していると考察しています。

○ 高い社会経済状況(治療費を工面できる環境など)
○ パートナーがいる割合の高さ
○ 治療へアクセスできる健康状態

つまり、「不妊治療患者=精神的に不安定」という単純な話ではないということです。

4. 治療の経過に応じた「メンタルケア」の重要性

しかし、この論文で最も大切なのは、「治療開始後にメンタル負担が増加する時期が確実に存在する」という点だと思います。

論文内でも、精神的サポートの重要性が強調されています。デンマークでは不妊治療に心理カウンセリングは標準で含まれておらず、「精神的ケアは別問題」とされています。しかし、この研究は、「不妊治療の一部としてメンタルケアを考える必要性」を強く示唆しています。

特に、以下のような時期は精神的負担が大きくなります。

○ 治療の反復(うまくいかない状態が続く)
○ 流産
○ 長期治療
○ 治療の終了判断

まとめ:変化する心理状態に寄り添う生殖医療へ

この論文は、「不妊治療患者は最初から精神的に弱い」のではなく、「治療経過の中で心理状態が変化する」ということを非常に綺麗に示した研究です。

不妊治療の心理的負担は固定されたものではなく、治療段階によって変化します。だからこそ、私たち生殖医療に携わる側も、ホルモン値や卵子数、胚盤胞率といった数値データだけではなく、「患者さんの心理状態」も含めて診療していくことが重要であると、改めて考えさせられます。

当院では、治療のステップや患者さんの心の変化に寄り添った診療を心がけています。つらいとき、不安なときは、どうぞ一人で抱え込まずに医療スタッフへお気軽にご相談ください。

【出典】
Human Reproduction
Depression and anxiety among women going through medically assisted reproduction: a register-based cohort study
2026; Vol.41 No.5: 786–794
doi:10.1093/humrep/deag040

背景画像 背景画像
当日予約もお取りできる
可能性がございます。
03-5159-1101
 当日枠 月~金 14:00/土曜 12:00/祝日 10:00
お電話受付終了時間 月~金 18:30/土曜 17:30/祝日 13:30