反復着床不全に対する新たな選択肢:当院でタクロリムス治療を導入しました
良好な胚を何度移植しても妊娠に至らない――。生殖医療に携わっていると、このような切実な悩みを抱えた患者さんに数多く出会います。
近年、胚(受精卵)の評価技術は大きく進歩し、PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)によって染色体が正常な胚を選択することも可能になりました。しかし、染色体正常胚を移植しても妊娠しない患者さんが存在することも事実です。
このような反復着床不全(Repeated Implantation Failure:RIF)の原因として、近年特に注目されているのが「免疫」の働きです。
1.妊娠と「免疫」の不思議な関係:Th1/Th2比とは?
妊娠は、免疫学的には非常に特殊で神秘的な現象です。お腹の赤ちゃん(胎児)は、お母さん由来だけでなく、お父さん由来の遺伝情報も半分持っています。そのため、母体の体から見ると「完全な自己(自分自身)」ではありません。
それにもかかわらず妊娠が成立するのは、母体の免疫システムが適切に調整され、赤ちゃんを異物として攻撃せず、優しく受け入れる状態(免疫寛容)が作られているためです。
この免疫バランスを測る重要な指標の一つが「Th1/Th2比」です。
一部の反復着床不全の患者さんでは、この免疫のバランスが攻撃的な方向(Th1優位)へ傾いてしまい、胚を異物とみなして受け入れにくい状態になっている可能性が指摘されています。
2.先進医療でも評価された「タクロリムス治療」の最新エビデンス
今回、国立成育医療研究センターを中心とした研究グループにより、免疫抑制薬である「タクロリムス」を用いた臨床研究の重要な結果が報告されました。
対象となった患者さん
良好胚を3回以上、合計4個以上移植しても妊娠に至らず、Th1/Th2比などの検査から免疫異常が疑われる重症不妊症の患者さん。
具体的な治療法
胚移植の2日前からタクロリムスの内服を開始し、合計16日間服用する方法。
この研究の結果、臨床的妊娠率は55〜67%と報告され、厚生労働省の先進医療技術審査部会においても「安全性が高く有効な治療」であると評価されました。
もちろん、この治療がすべての患者さんに有効なわけではありません。また、現時点では保険診療として標準化された治療でもありません。しかし、これまであらゆる治療に難渋してきた反復着床不全の患者さんにとって、一筋の光となる新たな選択肢の可能性があります。
3.両角レディースクリニックでの取り組みと運用方針
当院でも、この確かな研究結果を踏まえ、「Th1/Th2免疫検査」および「タクロリムス治療」を開始いたしました。
対象となるのは、良好胚を複数回移植しても妊娠しない、他に明らかな原因が見当たらない、免疫異常が疑われる患者さんです。
実際に当院で導入を開始してみたところ、Th1/Th2比が高値で、これまで良好胚を移植してもなかなか着床しなかった患者さんの中に、治療後に見事着床が確認できた症例を経験し始めています。
もちろん、まだ当院での症例数は限られており、これだけで治療効果を100%断定することはできません。しかし、これまで出口が見えずに悩まれていた患者さんの中に、「免疫」という視点から改善の可能性を持つ方が確実に存在することを、臨床の現場でもリアルに実感しています。
当院が重視する「安全性」へのこだわり
当院では患者さんの安全を第一に考え、先進医療で用いられた「16日間プロトコール(規定の服用方法)」に準じた方法のみを採用しています。妊娠後に長期的に内服を継続する方法は、現時点では当院の標準運用としては行っておりません。
まとめ:エビデンスに基づいた誠実な不妊治療を
反復着床不全の原因は一つではありません。
「胚(受精卵)の問題」「子宮環境の問題」「ホルモンの問題」、そして今回ご紹介した「免疫の問題」。
その中で「免疫」というアプローチは、これまでの治療で結果が出なかった方に新たな可能性をもたらすかもしれません。一方で、私たちは必要以上に期待を煽るべき領域ではないとも慎重に考えています。
両角レディースクリニックでは、今後も国内外の確かなエビデンス(科学的根拠)を慎重に確認しながら、本当にその治療が必要な患者さんに対して、安全性を最優先にした誠実な医療を提供してまいります。何度移植してもうまくいかずお悩みの方は、どうぞ一人で抱え込まずにいつでもご相談ください。
【参考文献】
Hisano M, Nakagawa K, Ono M, Yoshino O, Saito T, Hirota Y, Inoue E, Imai S, Kikuchi K, Nakamura H, Yamaguchi K.
Efficacy of tacrolimus treatment in two-dose single-group controlled trial for patients with refractory infertility
Journal of Reproductive Immunology, 2026.

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