高齢になると胚はなぜ止まりやすくなるのか?染色体異常だけでは説明できない最新研究と当院の考え方
体外受精を行っていると、患者様から「胚盤胞にならなかったのは、やはり染色体異常だったからですか?」というご質問を受けることがよくあります。
確かに、染色体異常は胚発育停止(成長が途中で止まってしまうこと)の重要な原因の一つです。しかし、本当にそれだけが原因なのでしょうか?
今回ご紹介する論文は、この疑問に対して非常に興味深い視点を提供してくれます。
1.25,974個の受精卵を解析した大規模研究
今回の研究では、実に25,974個の受精卵を対象として、胚発育停止率と染色体異常率の関係が調べられました。これまでにも胚発育停止に関する研究は数多くありましたが、これほど大規模な解析は珍しく、世界の生殖医療関係者からも非常に注目されている内容です。
①年齢とともに上昇する「胚発育停止率」の実態
まず注目したいのは、年齢とともに胚発育停止率が明らかに増加していたという事実です。
- 35歳未満: 発育停止率の中央値は 33%
- 41歳以上: 発育停止率の中央値は 44% に上昇
年齢が上がるほど、胚が胚盤胞まで到達しにくくなることを改めて示した結果と言えます。

②染色体異常率が高くても、発育停止率は変わらない?
論文のデータ(Figure 1)では、年齢別の胚発育停止率が詳細に示されています。若年群では発育停止率が低い一方で、高齢群になるにつれて停止率が徐々に上昇していることが分かります。
ここで興味深いのは、同じ年齢群の中で「染色体異常率が高いグループ」と「低いグループ」を比較しても、発育停止率に大きな差が認められなかったという点です。
もし胚発育停止の原因が主として染色体異常であるならば、異常率が高いグループほど停止率も高くなるはずですが、そのような結果にはなりませんでした。
③胚発育停止と染色体異常は「独立した現象」である
さらに著者らは、発育停止率と染色体異常率の相関を詳細に解析しています(Figure 2)。

全体としてわずかな相関は認められたものの、年齢の影響を補正するとその関連は消失しました。各年齢群ごとに見ると、発育停止率と染色体異常率との間にはほとんど相関が認められず、著者らは「両者は独立した現象である可能性が高い」と結論づけています。
データ(Table 1)を見ても、各年齢群の中で染色体異常率が異なっていても、発育停止率は大きく変化していません。例えば、41~42歳群や42歳超群では、染色体異常率が高くても低くても発育停止率はほぼ同程度でした。この結果もまた、胚発育停止を単純に染色体異常だけで説明できないことを裏付けています。

④染色体異常以外に考えられる原因:卵子の生命力とミトコンドリア
この研究で最も重要なのは、「高齢になると胚は止まりやすくなるが、その理由は染色体異常だけでは説明できない」という点です。
多くの医療者は、胚盤胞にならなかった理由を染色体異常(=受精卵の遺伝子的な問題)だけで説明しがちです。しかし本研究は、高齢による胚発育停止の背景には別の要因も存在する可能性を示しています。
著者らは考察の中で、以下の2点に注目しています。
1.母性効果遺伝子(因子)の低下
卵子には受精後しばらくの間、胚発生を支えるためのRNAやタンパク質(母性効果因子)が蓄えられており、初期の成長に極めて重要な役割を果たしています。
2.ミトコンドリア機能の低下
胚の発育に必要なエネルギーは、卵子由来のミトコンドリアによって供給されます。
加齢に伴いこれらの機能が低下すると、たとえ染色体が正常であっても、胚が十分に分割を進めるエネルギーが足りず、途中で発育が止まってしまう可能性があるのです。
2.PGT-A(着床前ゲノム異数性検査)で見えるもの、見えないもの
もちろん、この研究は「染色体異常は関係ない」と主張しているわけではありません。染色体異常が胚発育停止の原因となることは、これまでの数多くの研究で実証されています。しかし今回の研究は、それだけでは説明できない部分が確実に存在することを教えてくれます。
私はこの論文から、高齢卵子や高齢胚は単に染色体異常が増えるだけではなく、卵子そのものの生命力や環境への適応能力も低下している可能性を感じました。体外培養という人工的な環境の中で、若い卵子なら乗り越えられるストレスを、高齢卵子では乗り越えられなくなることもあるのかもしれません。
近年はPGT-Aによって、移植前に染色体を調べる機会が増えました。しかし、「染色体が正常であること」と「胚が持つ発育能力(生命力)のすべてが正常であること」は同義ではありません。 染色体というデータだけでは見えない、卵子や胚の力が存在することを、この研究は改めて示しているように思います。
3.当院が「初期胚移植」の選択肢を大切にする理由
私がハワイに留学していた際、恩師である柳町隆造先生は、自然の力の素晴らしさをいつも教えてくださいました。胚は本来、母体の中で環境と対話しながら育っていくものです。
一方で柳町先生は、「現在の培養液は胚にとって過保護すぎる面もあり、本来淘汰されるべき異常な胚も胚盤胞になってしまう。将来的には単に胚を育てるだけでなく、正常な胚を正しく選び出すセレクションメディウム(選択培養液)が必要になる」とも話されていました。
しかし、そのような理想的な培養環境が完成するには、まだかなりの時間がかかると思います。
体外培養が負担になるケースもある
少なくとも現時点では、「体外で長く培養して胚盤胞にすること」が、すべての患者様・すべての胚にとって最善とは限りません。 特にご年齢を重ねた卵子や胚では、染色体以外の部分の弱さ(エネルギー不足など)もあるため、体外培養の環境そのものが発育の大きな負担になっている可能性があります。
だからこそ当院では、胚盤胞培養だけを絶対視するのではなく、「初期胚の段階でいち早くお母さんの体に戻し、子宮内という本来の最高の環境の中で育ててあげる」という選択肢も、もう一度見直すべきだと考えています。
培養室での結果だけに一喜一憂せず、それぞれの卵子の状態に合わせた最適な移植プランを、これからも患者様と一緒に考えてまいります。
【紹介論文】
Reig A, Seli E.
Developmental arrest rate of an embryo cohort correlates with advancing reproductive age, but not with the aneuploidy rate of the resulting blastocysts in good prognosis patients: a study of 25,974 embryos
AGING. 2025;17(10):2552-2560.
可能性がございます。
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