不妊治療の「追加治療(アドオン)」は本当に必要なのか?ESHREが示した見解とエビデンス
不妊治療の現場では、「少しでも妊娠率を上げたい」という患者様の願いと、「何かできることはないか」という医療者の思いから、さまざまな追加検査や追加治療が行われています。
これらは一般に「アドオン(add-on)治療」と呼ばれ、通常の体外受精に加えて行われるオプションの検査や治療です。例えば、子宮内膜着床能検査(ERAなど)、免疫検査、NK細胞検査、PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)、タイムラプス培養、PRP療法、子宮内膜スクラッチなどが代表的です。
しかし2023年、欧州生殖医学会(ESHRE)は、「Good practice recommendations on add-ons in reproductive medicine」という論文を発表しました。現在世界中で行われている27種類のアドオン治療について、その有効性と安全性を徹底的に検証したものです。
今回は、この論文が示した世界基準の見解について詳しく解説します。
1.ESHRE論文の衝撃:高品質なエビデンスに基づく推奨は「ゼロ」
まず注目すべきは、この論文で検討された42項目の推奨のうち、高品質なエビデンス(科学的根拠)に基づいて推奨できたものは一つもなかったという事実です。さらに、95%以上の推奨は低品質の研究や専門家の合意に基づいたものでした。
論文内の「Table 2」では、各検査の推奨度が一覧化されています。現在、多くの不妊治療施設で実施されている検査の多くが「推奨しない」「日常診療では推奨しない」と評価されているのです。
具体的には、以下の検査はいずれも推奨されていません。
○ 着床能検査(ERAなど)
○ NK細胞検査
○ KIR・HLA検査
○ 免疫学的検査

子宮内膜着床能検査(ERAなど)の見解
着床能検査については、多施設共同RCT(ランダム化比較試験)を含む大規模研究において、生児獲得率(無事に出産に至る確率)の改善は認められませんでした。これを受けてESHREは、「現在利用可能な着床能検査は推奨しない」と結論付けています。
免疫学的検査(NK細胞・Th1/Th2比など)への厳しい評価
さらに、免疫学的検査についても非常に厳しい評価がなされています。
論文では、NK細胞やTh1/Th2比、サイトカイン測定などについて、「明確な生物学的根拠がない」とまで記載されています。血液中の免疫細胞の状態が、必ずしも子宮内の環境を反映するとは限らず、現時点では治療方針決定に役立つ情報は得られないとされています。
この部分は、免疫検査に対する世界的な見解を理解するうえで非常に重要であり、NK細胞やTh1/Th2比をルーチン(日常的)に測定することへの慎重な姿勢が示されています。
2.培養室関連のアドオン技術(タイムラプス・PGT-Aなど)の評価
一方で、培養室関連のアドオン技術についても厳しい評価が続きます。
論文の「Table 4」では、培養室で行われるアドオン技術の推奨度が一覧化されており、タイムラプス培養、PGT-A、アシステッドハッチング(透明帯孵化補助)、IMSI、MACSなど、現在広く行われている技術の位置付けが理解できます。

タイムラプス培養
「胚の観察において有用である」としつつも、「生児獲得率を改善するという明確な証拠はない」と結論されています。
PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)
PGT-Aについても意外な結果となっています。
論文の「Table 3」には、過去10年以上にわたるPGT-Aに関する主要なRCT(ランダム化比較試験)がまとめられています。このデータを見ると、多くの研究で生児獲得率の有意な向上が示されていないことが分かります。
結果として、ESHREは「PGT-Aを日常診療として推奨しない」と結論しています。

3.臨床治療分野(PRP療法・子宮内膜スクラッチなど)の推奨度
論文の「Table 5」では、患者様が最も関心を持つであろう臨床治療(PRP療法、Duostim、成長ホルモン、DHEA、子宮内膜スクラッチ、子宮内G-CSF投与、hCG注入など)の推奨度がまとめられています。


PRP療法(多血小板血漿療法)
近年、非常に注目されているPRP療法ですが、現時点では「推奨できるだけの十分な根拠がない」とされています。
子宮内膜スクラッチ
長年その効果について議論されてきた子宮内膜スクラッチについても、大規模RCTやメタアナリシスの結果を踏まえ、「日常診療として推奨しない」という結論になっています。
4.ESHREが数少ない「肯定的な評価」をした治療とは?
その一方で、この論文で数少ない肯定的な評価を受けたものもあります。
ヒアルロン酸含有胚移植用培養液
「Table 5」によると、胚移植時に使用するヒアルロン酸添加移植液は、生児獲得率向上のエビデンスが比較的しっかりしており、「推奨」と評価されています。
卵子活性化処理(AOA)
完全受精障害に対する卵子活性化(AOA)も、限定的な適応(原因が明確な場合など)において「推奨」されています。
まとめ:「新しい治療=良い治療」とは限らない
本論文が発する最も重要なメッセージは、「新しい治療だから良い治療であるとは限らない」ということです。
患者様が強く希望するから、あるいは他院が行っているからという理由だけでむやみに治療を追加しても、本当に妊娠率が上がるとは限りません。むしろ、追加の費用や身体的・精神的な負担だけが増えてしまう可能性もあります。
私たち医療者に求められるのは、「できることを全部やる」ことではなく、「本当に意味があることを科学的根拠(エビデンス)に基づいて選ぶ」ことです。
卵子や胚にとって必要のない介入を増やすのではなく、世界基準の科学的根拠に基づいて一人ひとりに最適な治療を組み立てることこそが、最終的に患者様の利益につながるのだと考えています。
【参考文献】
Lundin K, Bentzen JG, Bozdag G, Ebner T, Harper J, Le Clef N, Moffett A, Norcross S, Polyzos NP, Rautakallio-Hokkanen S, et al.
Good practice recommendations on add-ons in reproductive medicine. Human Reproduction. 2023;38(11):2062–2104.
可能性がございます。
お電話受付終了時間 月~金 18:30/土曜 17:30/祝日 13:30