PPOS法は胚の染色体正常率に影響する?アンタゴニスト法との比較と安全性
不妊治療の採卵周期において、複数の卵胞を同時に育てながら、採卵前に排卵してしまわないようにLHサージ(排卵を促すシグナル)を抑えることは非常に重要です。
一般的には「GnRHアンタゴニスト法」という注射薬を用いる方法が主流ですが、近年は黄体ホルモン製剤を内服することで排卵を抑える「PPOS法(Progestin-Primed Ovarian Stimulation / 黄体ホルモン併用卵巣刺激法)」も広く行われるようになりました。
PPOS法は、注射の回数を減らせることや、お薬の費用を抑えられることが大きなメリットです。しかし、刺激中に黄体ホルモンを使用するため、「得られる卵子や胚の質に悪影響がないか」「染色体異常が増えないか」と心配される患者様も少なくありません。
今回は、2026年に『Fertility and Sterility』誌に掲載された最新の研究結果をもとに、PPOS法と従来のGnRHアンタゴニスト法で胚盤胞の染色体正常率(ユープロイディ率)に違いがあるのかを詳しく解説します。
1.大規模データによるPPOS法とアンタゴニスト法の比較研究
この研究では、2018年から2024年までにアブダビとドバイの生殖医療施設で行われたPGT-A(着床前胚染色体異数性検査)周期のデータが解析されました。自己卵子を用いた4,755採卵周期(PPOS法:456周期、GnRHアンタゴニスト法:4,299周期)を対象とした、非常に大規模な解析です。
それぞれの治療プロトコルは以下の通りです。
- PPOS法: 月経周期2日目または3日目からゴナドトロピン製剤(卵巣刺激薬)を開始し、同日または翌日からジドロゲステロン(黄体ホルモン薬)を1日30mg内服。
- GnRHアンタゴニスト法: 刺激開始5日目からGnRHアンタゴニスト(排卵予防の注射)を毎日注射。
【注意点】
PPOS法では刺激中から子宮内膜が黄体ホルモンの影響を受けるため、その周期に新鮮胚移植を行うことはできません。そのため、得られた胚をすべて凍結する「全胚凍結周期」や、「PGT-A」を予定している方に適した方法となります。
2.傾向スコアマッチングによる厳密な比較結果
単純に両群を比較すると、年齢やBMI、AMH(抗ミュラー管ホルモン)、使用した刺激薬などの患者背景にバラつきがありました。そこで研究者らは、「傾向スコアマッチング」という統計手法を用いて背景をそろえ、PPOS法398周期とGnRHアンタゴニスト法973周期で厳密に比較を行いました。
背景をそろえた後の採卵成績(Table 1より)は以下の通りです。
評価項目 | GnRH | PPOS法 | 統計的有意差 |
|---|---|---|---|
成熟卵子数(中央値) | 6個 | 5個 | なし |
正常受精卵(中央値) | 4個 | 4個 | なし |
胚盤胞数(中央値) | 3個 | 3個 | なし |
染色体正常胚数(中央値) | 1個 | 1個 | なし |
胚盤胞1個あたりの染色体正常率 | 42.9% | 42.3% | なし(ほぼ同等) |
解析の結果、採卵数、成熟卵子数、胚盤胞数、染色体正常胚数のいずれにおいても、両群の間に統計学的な有意差は認められませんでした。

グラフ(Figure 1)で示された各項目の推定値と信頼区間も大きく重なっており、どの段階においても「PPOS法が明らかに不利になる」という結果は確認されませんでした。 PPOS法によって卵子の数が減ったり、胚盤胞になりにくくなったり、染色体正常胚が少なくなったりするという懸念を払拭する結果と言えます。

3.年齢別・同一患者内での比較でも差はなし
胚の染色体正常率は、女性の年齢に強く影響されます。そのため、本研究では年齢別(35歳未満、35〜37歳、38〜40歳、41〜42歳、43歳以上)に分けた解析(Figure 2)も行われました。

過去の小さな研究では「38歳以上でPPOS法を用いると染色体正常率が低下する可能性」が報告されたこともありましたが、その研究は対象数が極めて少ないものでした。今回の決定的な大規模研究では、高齢層を含めたどの年齢層においても、PPOS法とアンタゴニスト法の間に染色体正常率の有意差は認められませんでした。
さらに、同じ女性が1年以内に両方の刺激法(PPOS法とアンタゴニスト法)を受けた29名を対象にした「同一患者内比較」でも、刺激日数や成熟卵子数、胚盤胞数、染色体正常率は双方で同程度という結果でした。
4.黄体ホルモンが卵子に悪影響を与えない理由
生物学的な観点からも、刺激中の黄体ホルモン使用が卵子の質を落とすとは考えにくいとされています。
実は、通常の卵胞期であっても卵胞液の中には比較的高い濃度のプロゲステロン(黄体ホルモン)が存在しており、卵子や卵丘細胞はもともと黄体ホルモンにさらされています。また、黄体期から卵巣刺激を開始する手法でも、得られる卵子の発育能力は通常と変わらないことが分かっています。
そのため、PPOS法で使用する黄体ホルモンが卵子の染色体異常を増やすという明確な根拠はありません。
まとめ:当院(両角レディースクリニック)の考え方
今回の研究から、PPOS法を選択しても、従来のGnRHアンタゴニスト法と比べて採卵成績や胚盤胞の染色体正常率は低下しないことが示されました。
特にPGT-Aを行う周期や全胚凍結を予定している周期において、PPOS法は「注射の回数を減らし、身体的・経済的負担を軽減できる実用的な選択肢」となります。
ただし、本研究は無作為化比較試験ではなく後ろ向き研究であること、また評価されたのは「胚盤胞の染色体正常率」であり「最終的な累積生児獲得率(出産率)」を直接比較したものではない点には留意が必要です。
当院では、採卵方法を一律に決めることはいたしません。
- 新鮮胚移植を希望されるか、全胚凍結を予定しているか
- 自己注射の負担やご予算
- 卵巣予備能(AMH値など)や過去の治療歴
これらを総合的に考慮し、患者様お一人おひとりに最適な卵巣刺激法をご提案いたします。刺激法の違いによって胚の染色体正常率が大きく変わるわけではなく、最も大きな影響を与える因子は「採卵時の女性年齢」であることを改めて念頭に置きながら、最適な治療計画を一緒に立てていきましょう。ご不安なことがあれば、いつでもお気軽にご相談ください。
【参考文献】
Ata B, Lawrenz B, Kalafat E, Del Gallego R, Melado L, Elkhatib I, Fatemi HM.
Euploidy Rates Are Comparable Between Progestin Protocol Ovarian Stimulation and Gonadotropin-Releasing Hormone Antagonist Protocol Ovarian Stimulation Cycles.
Fertility and Sterility. 2026;126(1):78-85.
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