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院長コラム

顕微授精はすべての人に必要?男性因子がない場合の選択をASRM(米国生殖医学会)の最新見解から考える

顕微授精はすべての人に必要?男性因子がない場合の選択をASRM(米国生殖医学会)の最新見解から考える
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体外受精(IVF)を検討する際、多くの患者様が「通常体外受精(ふりかけ法)」と「顕微授精(ICSI)」のどちらを選ぶべきか悩まれます。


通常体外受精は、精子を卵子の周囲にふりかけて自然な受精を待つ方法です。一方、顕微授精は顕微鏡下で1個の精子を卵子へ直接注入する方法で、重度の男性不妊(男性因子)に対して非常に有効な治療法として発展してきました。


しかし近年では、精液所見が正常な患者様に対しても、顕微授精が広く行われる傾向があります。こうした背景を受け、米国生殖医学会(ASRM)は「男性因子がない患者さんに対して顕微授精を行うべきか」について、最新の研究を総括した委員会見解(2026年7月号)を発表しました。今回はこの最新論文の内容を分かりやすく解説します。


1.顕微授精が「広く行われすぎている」現状

論文の冒頭では、顕微授精が本来の適応(必要なケース)を超えて広く使用されているアメリカの現状が紹介されています。

  • 1996年: 全体の約36%が顕微授精
  • 2012年: 全体の76%まで増加


特に「男性因子のない症例」に限ると、15%から67%近くまで増加しています。しかし、このように顕微授精の実施率が上がったからといって、全体の出生率(赤ちゃんが生まれる確率)が改善したわけではありませんでした。


2.大規模データが示す「通常体外受精」の優位性

さらに、過去の膨大な治療周期を解析した複数の研究データから、驚くべき結果が明らかになっています。

  • 40万周期以上の解析データ
    男性因子がないにもかかわらず顕微授精を行った症例では、胚盤胞(受精卵が順調に育った状態)まで発育する割合や出生率が、通常体外受精よりも低いことが示されました。
  • 約32万周期の解析データ
    着床率や出生率のいずれにおいても、通常体外受精の方が良好な結果でした。


「受精率が高いこと」と「最終的に赤ちゃんが生まれること」は、必ずしも一致しないという点が、この論文の非常に重要なメッセージです。


3.条件別の治療成績:高齢や採卵数が少ない場合は?

では、患者様の背景(原因不明、高齢、採卵数が少ないなど)によって結果は変わるのでしょうか。論文では以下のよう結論づけられています。


①原因不明不妊の場合

顕微授精を行うことで受精率が高くなり、受精が全く起こらない「完全受精障害」を減らせる可能性はあります。しかし、無作為化比較試験では妊娠率や出生率の改善は認められませんでした。つまり、「受精はしやすくなっても、最終的な妊娠・出産につながりやすくなるわけではない」ということです。


②採卵数が少ない・卵巣予備能低下・高年齢の場合

「せっかく採れた貴重な卵子だから、確実性を狙って顕微授精にした方が良いのでは」と考えられることがよくあります。

しかし、これらの患者様を対象とした比較研究では、受精率、胚の質、妊娠率、出生率のいずれも通常体外受精と差がありませんでした。ヨーロッパの15施設(約4,900人)を対象とした大規模研究でも、採卵数に関係なく顕微授精の優位性は認められず、米国のデータにいたっては、卵巣予備能が低下した患者様では顕微授精の方が出生率がわずかに低いという結果も報告されています。


③PGT(着床前ゲノム判定)を行う場合

近年はPGT-A(胚の染色体異数性検査)を行う際にも顕微授精が選択されることがありますが、現在の高度な遺伝子解析技術では、男性因子がない症例で顕微授精を行っても、正常胚率や出生率は改善しないことが示されています。


4.顕微授精を「積極的に考慮すべき」ケースとは?

一方で、顕微授精の有用性が明確に認められているケースもあります。

  • 過去に受精障害の経験がある場合
    過去の通常体外受精で受精率が著しく低かった場合や、全く受精しなかった経験がある患者様には、顕微授精が非常に有効です。次回周期の受精率が大きく改善し、再び完全受精障害となるリスクを減らすことができます。この点は、今回の委員会見解でも顕微授精を積極的に考慮すべき状況として挙げられています。
  • PGT-M(単一遺伝子疾患の着床前検査)を行う場合
    検査の精度を高める(周囲の精子の遺伝子混入を防ぐ)目的から、顕微授精が推奨されています。
  • 凍結卵子を用いる場合
    凍結・融解のプロセスを経た卵子では、現在も顕微授精が標準的な受精方法となっています。


5.気になる「安全性」について

これまで「顕微授精で生まれた子どもは先天異常がわずかに増える可能性がある」という報告もありましたが、その多くは顕微授精という技術そのものではなく、背景にある男性不妊の原因遺伝子などが影響していると考えられています。

今回の論文でも、男性因子がない患者様を対象とした最近の研究では、通常体外受精と顕微授精の間で、子どもの先天異常や発達の明らかな違いは認められていないと説明されており、その点はご安心いただければと思います。


6.当院からのメッセージ

今回のASRM(米国生殖医学会)の結論は非常に明確です。

男性因子がない患者様において、原因不明不妊、採卵数が少ない場合、卵巣予備能低下、高年齢、PGT-Aを理由として、一律に(routineに)顕微授精を行うことは推奨されません。


顕微授精は非常に高度で素晴らしい技術ですが、「より高度な治療だから成績も良い」とは限りません。不妊治療において最も大切なのは、受精の数ではなく「最終的に元気な赤ちゃんが生まれること」です。


当院では、患者様一人ひとりの過去の経過や検査結果をしっかりと見極め、顕微授精を本当に必要とする患者様へ適切にご提案することを大切にしています。受精方法について不安やご質問がある方は、いつでも診察時にご相談ください。


【参考文献】
Intracytoplasmic sperm injection for nonmale factor indications: a Committee opinion
Practice Committee of the American Society for Reproductive Medicine and Practice Committee of the Society for Assisted Reproductive Technology. Fertility and Sterility. Volume 126, Issue 1, July 2026, Pages 49-56.


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