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院長コラム

採卵前にエストラジオールが下がっても卵子や胚の質は悪くならないのでしょうか

血液検査
INDEX 目次

体外受精の卵巣刺激中には、超音波で卵胞の大きさを確認するとともに、血液検査でエストラジオール(E2)やプロゲステロン(P4)などのホルモン値を測定します。通常、卵胞が成長するにつれてエストラジオールは上昇していくため、採卵直前に値が下がると不安になる患者さんも少なくありません。


  • 「卵胞の状態が悪くなったのではないか」
  • 「卵子の質が低下したのではないか」
  • 「このまま採卵しても胚盤胞にならないのではないか」


このように心配されるお気持ちはとてもよく分かります。実際に医療者側も、エストラジオールの低下を卵胞発育の異常や治療成績不良の兆候と捉え、採卵を続けるべきか迷うことがあるのも事実です。


今回は、2026年に『Fertility and Sterility』誌に掲載された最新の研究データをもとに、「採卵前のエストラジオール低下が、卵子の質や胚盤胞数、そして妊娠率にどう影響するのか」について解説します。


1.採卵前のエストラジオール低下に関する最新の研究データ(2026年)

この研究は、米国の多施設生殖医療ネットワークで2010年から2021年までに行われた、自己卵子による採卵周期を解析した後ろ向きコホート研究です。


対象となったのは、GnRHアンタゴニスト法で卵巣刺激を行い、採卵のためのトリガー(成熟を促す注射等)を行う前の4日間に毎日エストラジオールを測定していた6,945周期です。

(※すべてICSI(顕微授精)を行った周期に限定され、通常媒精の周期、クロミフェンやレトロゾールを併用した周期、採卵まで進まなかった周期などは除外されています)


研究では、トリガー前の4日間のエストラジオールの推移によって、以下の3つのグループに分けて比較を行いました。

  1. 毎日上昇した群(5,653周期)
  2. 1回だけ低下した群(1,103周期)
  3. 2回〜4回低下した群(189周期)


なお、ここでの「エストラジオールの低下」は前日より1 pg/mL以上下がった場合と定義されています。そのため、ごくわずかな測定値の変動も「低下」に含まれている点には注意が必要です。


患者背景とホルモン値の特徴(Table 1より)

各グループの患者背景を比較したところ、年齢やBMIには大きな差がありませんでした。しかし、エストラジオールが複数回低下した群では「AMH(抗ミュラー管ホルモン)が高く、トリガー日のエストラジオール値は低く、使用したゴナドトロピンの総投与量も少ない」という傾向がみられました。


つまり、エストラジオールが下がったからといって患者さんの背景(卵巣のポテンシャルなど)が必ずしも悪かったわけではなく、むしろ複数回低下した群には卵巣予備能が比較的高い患者さんが多く含まれていたのです。

この研究では、主要な評価項目として、移植に使用された胚盤胞と凍結保存された胚盤胞を合わせた「使用可能な胚盤胞数」を設定し、解析を行いました。


2.エストラジオール低下は胚盤胞数や卵子の質に影響するのか?(Table 2より)

解析の結果、各グループにおける「使用可能な胚盤胞数」の平均値は以下の通りでした。

  • 毎日上昇した群:平均 4.9個
  • 1回低下した群:平均 5.2個
  • 2回〜4回低下した群:平均 5.9個


単純に数値を比較すると、むしろエストラジオールが低下した群の方が胚盤胞数が多く見えますが、これは先述の通り「複数回低下した群にAMHが高い方が多かったこと」が影響しています。


そこで、女性の年齢とAMHの影響を統計的に調整して改めて解析したところ、使用可能な胚盤胞数に有意な差は認められませんでした。また、「少なくとも1個以上の使用可能な胚盤胞が得られた割合」についても、毎日上昇群で94.7%、1回低下群で94.2%、複数回低下群で94.2%と、ほぼ同等という結果でした。


さらに、以下の項目についても、エストラジオールの推移による明らかな差は認められていません。

  • 採卵数・成熟卵子数・正常受精卵数
  • 卵子成熟率・受精率・胚盤胞到達率


この結果から、採卵直前にエストラジオールが一時的に低下したとしても、回収された卵子の成熟能力や受精能力、その後の胚盤胞発育能力(卵子の質)が低下するわけではないということが分かります。


3.AMH(卵巣予備能)の違いによる影響(Table 3より)

次に、患者さんの卵巣予備能(AMHの値)によって結果に違いが出るかを検証するため、「AMH 1 ng/mL未満の卵巣予備能低下群」と「AMH 3 ng/mLを超える卵巣予備能良好群」に分けた解析が行われました。


AMH 1 ng/mL 未満のグループ

AMHが低い患者さんでは、エストラジオールが1回低下した群において、採卵数(毎日上昇群8.5個に対し7.0個)と成熟卵子数(6.2個に対し5.1個)がやや少なくなる結果となりました。


しかし、卵子成熟率、受精率、使用可能な胚盤胞数には有意差はありませんでした。

これは、卵巣予備能が低い方の場合、エストラジオールの低下が「採卵数が少なめになること」を反映する可能性はあるものの、得られた卵子そのものの発育能力(質)が悪いわけではないということを示しています。

(※なお、2〜4回低下した群はわずか9周期と症例数が少ないため、解釈には慎重さが必要です)


AMH 3 ng/mL を超えるグループ

卵巣予備能が良好な患者さんのグループでは、採卵数、成熟卵子数、受精卵数、胚盤胞数のいずれにおいても、エストラジオール低下による悪影響は認められませんでした。

重要なのは、卵巣予備能が良好な方であっても、エストラジオールが低下したからといって採卵成績が悪くなるわけではないという点です。


4.新鮮胚移植での妊娠率・生児獲得率への影響(Table 4より)

では、最終的な目的である「妊娠・出産」への影響はどうでしょうか。新鮮胚移植を行った周期の生児獲得率(赤ちゃんを無事に出産できた割合)は以下の通りでした。

  • 毎日上昇した群:41.1%
  • 1回低下した群:36.8%
  • 2回〜4回低下した群:42.1%


年齢を調整した解析では統計的な有意差は認められず、妊娠反応陽性率、臨床妊娠率、生化学的妊娠率、流産率にも明らかな差はありませんでした

1回低下した群の数値がやや低く見えるものの、統計学的には「差がない」と言える範囲であり、エストラジオールの低下が生児獲得率を下げたと結論づけることはできません。


また、著者らは「エストラジオールの低下幅を10%以上、20%以上」と定義を厳しくした追加解析も行っていますが、それでも使用可能な胚盤胞数や胚盤胞到達率に有意差は出ませんでした。ごくわずかな変動だけでなく、ある程度大きな低下があった場合でも、今回の研究の範囲内では成績不良との明確な関連は見られなかったのです。


5.本研究のまとめと注意点

今回の約7,000周期に及ぶ大規模な解析から分かることは、「トリガー前の数日間にエストラジオールが一時的に低下しても、それだけで卵子の質が悪くなった、胚盤胞ができなくなった、妊娠・出産の可能性が低下したと悲観する必要はない」ということです。


ただし、この研究には以下のような限界(注意点)もあります。

  • エストラジオールが低下しても、そのまま採卵まで進んだ患者さんのみが対象であること(ホルモン推移が著しく悪く、途中で治療を中止した周期は含まれていない)
  • 明らかな早発排卵が起きて採卵できなかった症例は除外されていること
  • 1 pg/mLという微小な低下も含まれており、測定誤差の範囲の症例も混ざっている可能性があること


そのため、「急激なエストラジオール低下」に加えて、「超音波検査での卵胞消失」や「LH(黄体形成ホルモン)の急激な上昇」などが同時に認められるような、明らかな排卵済みのケースまで問題がないという意味ではない点には注意が必要です。


6.当院からのメッセージ

不妊治療、特に採卵前は、日々の小さな数値の変化に対してどうしても敏感になってしまうものです。「昨日よりホルモン値が下がってしまった…今回はもうダメかもしれない」と不安に思われる方を、私はこれまで多く見てきました。


しかし、今回の最新論文が示している通り、ホルモン値の一時的な低下だけで治療成績を悲観する必要はありません。エストラジオールは卵胞発育を知るための大切な指標ですが、採卵周期の成否をたった一つのホルモン値だけで決定づけることはできないのです。


当院では、一つの数値だけに囚われることなく、卵胞の数や大きさ、プロゲステロン値、LH値、AMH、そしてこれまでの治療経過などを総合的に、かつ冷静に評価して最適な判断を行っています。不安なことがあれば、いつでもお気軽に医師やスタッフにご相談ください。


【参考文献】
Lindner P, Flannagan K, Echague C, Namath A, Wang J, O’Brien JE, Romanski P.
Association Between Serum Estradiol Level Decline in the Days Preceding Ovulatory Trigger and Assisted Reproductive Technology Outcomes.
Fertility and Sterility. 2026;126(1):86-95.

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