LINEで初診予約
院長コラム

体外受精の安全管理と取り違え防止:ASRM(米国生殖医学会)が発表した最新の確認手順(Witnessing)とエラー対策

体外受精の安全管理と取り違え防止:ASRM(米国生殖医学会)が発表した最新の確認手順(Witnessing)とエラー対策
INDEX 目次

はじめに:体外受精における「安全管理」の重要性

体外受精では、採卵から受精、培養、凍結、胚移植まで、多くの工程を経て治療が進められます。そのすべての過程において、何よりも最も重要なのは、「患者さんの卵子・精子・胚を絶対に取り違えないこと」です。


今回、米国生殖医学会(ASRM)は、体外受精およびアンドロロジー検査室における確認作業(Witnessing:ウィットネシング)と、手順逸脱(Protocol deviation)への対応について、新たな委員会見解を発表しました。

この見解は、培養室の安全管理を体系的にまとめた非常に実践的な内容であり、世界中の体外受精施設にとって極めて重要な指針となる論文です。


1.培養室に潜むリスクと確実な確認作業(Witnessing)

論文の1ページ目には、体外受精において患者さんの検体を取り違える危険性が存在する重要な場面が数多くあること、そしてそれらを防ぐためには確実な確認作業(ダブルチェック)が必要不可欠であることが示されています。


また、万が一手順から逸脱する事象(エラーやミス)が起きた場合には、その内容を隠すのではなく、適切に記録・評価し、再発防止につなげることこそが安全な医療の基盤になると強調されています。


現在の体外受精は、培養日数の延長や胚盤胞培養、凍結保存、PGT(着床前ゲノム検査)など技術が進歩した一方で、培養室内の作業は以前よりもはるかに複雑になっています。そのため、安全性を確保するためには、培養士一人ひとりの経験や注意力だけに頼るのではなく、「標準化された確認手順」を組織全体で実践することが求められています。


2.マニュアル確認と電子確認:2つの確認システム

論文では、取り違えを防ぐための確認方法として「マニュアル確認」と「電子確認」の2つが紹介されています。

  • マニュアル確認(目視によるダブルチェック)
    必ず2人以上のスタッフ(培養士等)によって、患者情報や検体を直接照合します。
  • 電子確認(システムによるチェック)
    バーコードやRFID(無線タグ)などを利用し、システムによって患者情報を機械的に確認します。


ただし、電子システムを導入していても、それが万能というわけではありません。受精操作や胚移植など、特に極めて重要な工程においては、電子システムによる確認に加え、最終的に人によるダブルチェック(マニュアル確認)を併用することが望ましいとされています。


3.具体的に確認作業を行うべき重要な場面(Table 1より)

論文では、培養室内のどの場面で確認作業を行うべきかについても具体的に示されています。


採卵、精液採取、通常体外受精や顕微授精(ICSI)、培養皿の交換、胚生検(バイオプシー)、凍結保存、融解、胚移植、さらには胚や配偶子の廃棄に至るまで、すべてのフェーズで患者情報と検体情報を確実に照合しながら作業を進める必要があります。

特に、検体を別の容器へ移し替える際には、その都度確認を行い、「誰が作業を行い、誰が確認したのか」を確実に記録することが重要とされています。


論文の「Table 1」には、採卵から胚移植、凍結保存、融解、PGT検体の発送まで、それぞれの工程でどのタイミングに確認作業を行うべきかが詳細にまとめられています。

  1. 採卵前:患者さんご自身に氏名と生年月日を名乗っていただき、採卵チューブや培養皿の表示と照合します。
  2. 顕微授精時:卵子と精子を合わせる直前に確認を行い、培養皿をインキュベーター(培養器)へ戻す際にも再確認します。
  3. 胚移植時:胚をカテーテルへ吸い上げる直前にも厳密な確認が行われます。


体外受精の安全管理は、一度確認すれば終わりではありません。それぞれの重要な工程で、「繰り返し確認すること」によって初めて成り立っているのです。


4.PGT(着床前ゲノム検査)における多重の安全対策(Table 2より)

「Table 2」では、近年増加しているPGTを行う際に、さらに安全性を高めるための工夫が紹介されています。

  • 検体に対して複数の識別番号を付与し、胚ごとの固有番号を設定する
  • 作業のフェーズごとに複数回の確認を行う
  • 担当培養士だけでなく、別の培養士や電子確認システムを併用する
  • 培養皿を移動する際には、患者名や胚番号を「声に出して指差し確認(呼称確認)」する


このように、多重の安全対策(マルチレイヤー・セーフティ)が強く推奨されています。さらに、顕微鏡へビデオシステムを設置し、必要に応じて後から動画で確認・検証できる体制を作ることも有効な方法として紹介されています。

5.手順逸脱(エラー)への対応と「エラーを報告しやすい環境づくり」

論文では、確認作業を徹底するだけでなく、万が一手順から逸脱(エラーが発生・または発生しかけた)した場合の対応も非常に重要であると述べています。


そのためには、日頃からエラーやインシデントを報告しやすい職場環境、すなわち「心理的安全性」の高い組織づくりが欠かせません。ミスを犯した個人を責める文化(Blame Culture)ではなく、「なぜ起きたのか」「どうシステムを改善すれば防げるのか」を組織全体で建設的に検討することが、本当の意味での再発防止につながります。


4段階の手順逸脱分類(Table 3より)

この安全に対する考え方が最も分かりやすくまとめられているのが「Table 3」です。この表では、手順逸脱をその影響度に応じて4段階に分類しています。

レベル影響度の分類具体的な事例
軽度患者様への影響がほどんどない事例事故には至らなかった「ヒヤリ・ハット」など
中等度一部の胚や配偶子へ影響を及ぼす事例培養環境の一時的な変動など
重大治療成績に大きな影響を与える事例胚の生育や移植スケジュールに影響するもの
極めて重大致命的なエラー患者取り違えや凍結タンクの故障など

また、これらエラーの発生原因についても、以下のように分類し、原因を分析して改善につなげる仕組みが示されています。

  • コミュニケーション不足
  • 記録ミス
  • 機器トラブル
  • 人為的ミス(ヒューマンエラー)
  • 患者対応の不備


原因を単に「個人の不注意」にせず、これらに分類してシステムのエラーとして分析することが、安全管理の基本となります。

6.品質管理システム(QMS)の導入と国際的な取り組み

さらに論文では、品質管理システム(QMS)の重要性も強調されています。

培養室では定期的に手順逸脱(インシデント)を集計し、発生件数や原因を分析しながら、マニュアルや手順をアップデートし続けることが求められます。


海外では、国全体でインシデントを収集・報告する公的な仕組みが整備されている地域もあり、その情報を業界全体で共有することで、他のクリニックでも同じ事故を防ぐための取り組みが先進的に進められています。


結び:安全管理の仕組みを継続して改善していく姿勢

今回のASRM(米国生殖医学会)の委員会見解が伝える最も重要なメッセージは、「安全は、個人の能力や注意力だけで守られるものではない」ということです。


確実な「確認手順(Witnessing)」、スタッフへの「徹底した教育」、体系的な「品質管理システム」、そして何よりも「エラーを隠さず共有し、全員で改善できる組織文化」があって初めて、真に安全な生殖医療が実現します。


体外受精は極めて高度な医療技術ですが、それを根底で支えているのは、培養室で日々積み重ねられる地道な確認作業の数々です。

患者様からお預かりした大切な卵子、精子、そして胚(受精卵)を安全に管理し、最高の状態でお返しするために――。私たち両角レディースクリニックも、最新の技術を追求するだけでなく、世界水準の安全管理体制を常にアップデートし、継続して改善していく姿勢を何よりも大切にしています。


【引用文献】
Witnessing and protocol deviations in the in vitro fertilization and andrology laboratory: a committee opinion
Practice Committee of the American Society for Reproductive Medicine, and Practice Committee of the Society of Reproductive Biologists and Technologists. Fertility and Sterility. Volume 126, Issue 1, July 2026, Pages 38–48.


背景画像 背景画像
当日予約もお取りできる
可能性がございます。
03-5159-1101
 当日枠 月~金 14:00/土曜 12:00/祝日 10:00
お電話受付終了時間 月~金 18:30/土曜 17:30/祝日 13:30