小児がん治療後の男性は将来どのくらい妊孕性が低下する?最新研究が明らかにした精液への影響
近年、小児がんの治療成績は大きく向上し、多くの患者さんが成人を迎えられるようになりました。その一方で、将来の妊孕性(子どもを授かる能力)を心配される患者さんやご家族も少なくありません。
特にアルキル化剤を含む抗がん剤治療は精子形成へ影響することが知られていますが、その影響がどの程度なのか、またどの薬剤がより大きく関係するのかについては、これまで十分なデータがありませんでした。
今回は、2026年に『Fertility and Sterility』誌に掲載された最新の研究をもとに、抗がん剤が将来の精子に与える影響について詳しく解説します。
1.放射線治療なし・抗がん剤のみの影響を評価した大規模研究
今回ご紹介するのは、小児がん治療後の男性393人を対象に精液検査を行い、抗がん剤の種類や累積投与量と精液所見との関連を詳しく解析した研究です。
この研究の大きな特徴は、「放射線治療を受けていない患者さんだけ」を対象としている点です。これにより、放射線の影響を排除し、抗がん剤そのものが精子形成へ与える影響をより正確に評価できています。
2.検査を受けた男性の約半数が「正常な精子濃度」を維持
対象となった393人のうち、精液検査の結果は以下の通りでした。
- 無精子症:22.1%
- 乏精子症:26.7%
- 正常な精子濃度:51.1%
このデータから、約半数の患者さんで何らかの精子形成障害が認められたことになります。
その一方で、「半数以上は正常な精液所見を維持している」という点も見逃せません。すべての患者さんが将来的に妊孕性を失うわけではない、という事実は非常に重要なポイントです。

3.アルキル化剤の累積投与量(CED)と無精子症リスクの関係
この研究で最も注目すべきは、アルキル化剤の累積投与量と精子形成障害との明確な関係(用量依存性)です。
アルキル化剤の総投与量は「シクロホスファミド換算量(CED)」として評価されました。解析の結果、CEDが1,000 mg/m²増加するごとに、無精子症となるリスクは約11%増加していました。
同論文の「Figure 2」という図では、CEDが増加するにつれて正常精液所見の割合が減少し、無精子症の割合が徐々に増加していく様子が分かりやすい棒グラフで示されています。抗がん剤の投与量が増えるほど、将来の精子形成障害のリスクも段階的に高まることが一目で理解できるデータとなっています(詳細なデータは論文内のTable 2にまとめられています)。


4.プラチナ製剤やエトポシドが与える影響
さらに、この研究では他の抗がん剤の影響についても解析されています。
- シスプラチン(プラチナ製剤)
シスプラチン換算量が500 mg/m²を超えた患者さんでは、無精子症のリスクが約10倍に上昇していました。 - エトポシド
エトポシドを10,000 mg/m²以上使用した患者さんでも、無精子症のリスクが約5倍に増加していました(※ただし、エトポシドを使用した患者さんはアルキル化剤の投与量も多かったため、エトポシド単独の影響かどうかは慎重に解釈する必要があります)。

5.妊孕性温存(精子凍結)を検討する一つの目安
放射線治療を受けていない患者さんにおいては、「CED 7,200 mg/m²」という数値が、正常精子と乏精子・無精子症を最もよく区別できる目安(カットオフ値)となることが示されました。
この数値は今後、小児がん治療を始める前に「妊孕性温存(精子の凍結保存)」を検討・推奨する際の、極めて具体的な指標となる可能性があります。
6.一度低下した精子形成機能の自然回復は難しい
興味深いことに、初回の検査で「無精子症」と診断された患者さんのうち、その後に精子形成が回復したケースは極めて稀でした(再検査で正常精液所見となったのは24人中わずか1人)。
一度重度の精子形成障害が起こると、自然回復を期待することは難しいという現実も示されています。
また、精子濃度自体は正常範囲内であっても、精子の運動率や形態に異常が認められる症例もありました。つまり、「精子の数(濃度)」だけでは十分な妊孕性があるとは言い切れず、運動率や形態も含めて総合的に評価することが大切です。
医師としての見解:この論文が私たちに伝える「現実と希望」
この最新論文が私たちに示しているのは、きわめて実用的な臨床指標です。
「小児がん治療において放射線照射を受けていなくても、アルキル化剤の投与量が多くなるほど、将来的な精子形成障害のリスクは明確に上昇する」という現実です。
実際に、治療を終えた男性の約半数(無精子症22.1%、乏精子症26.7%)に精子数の低下が認められました。特にリスクが高まる分岐点として「シクロホスファミド換算量(CED)が7,200 mg/m²を超えるケース」、そして「プラチナ製剤を高用量で使用するケース」が具体的に割り出されたことは、私たち生殖医療に携わる医師にとって非常に大きな意味を持ちます。
なぜなら、この具体的な数値があることで、「がん治療をスタートする前の段階で、誰に、どのタイミングで、より強く精子凍結を提案すべきか」という判断を、より確信を持って行えるようになるからです。この点で、本研究は医療の現場において非常に実用価値が高く、広く知られるべき重要な知見であると確信しています。
しかし同時に、私たちが何より丁寧に、そして優しくお伝えしなければならないのは、「治療を受けたからといって、決して全員が不妊になるわけではない」という事実です。実際に半数以上の方は、治療後も正常な精液所見を維持されています。
私たちは過度な不安を煽るのではなく、正しい客観的データを示しながら、患者さんお一人おひとりの未来の選択肢(妊孕性温存)を一緒に守っていく姿勢を大切にしたいと考えています。
最後に:人生の質(QOL)を守るために
小児がん治療の最優先目的は「尊い命を救うこと」ですが、その治療を乗り越えた先の人生の質(QOL)も、同じくらい大切です。
がん治療の前にあらかじめ精子を凍結保存しておく「妊孕性温存温存」は、将来「子どもを持ちたい」と願う未来の自分への、大切な贈りものになります。当院でも、最新の科学的根拠に基づいた丁寧なカウンセリングとサポートを心がけ、患者さんとそのご家族に寄り添い続けてまいります。不安なことがあれば、いつでもご相談ください。
【参考文献】
Green DM, Li K, Ke RW, Delaney A, Yu CH, Xie L, Bjornard K, Srivastava D, Kutteh WH, Ware ME, Shelton KC, Taneja S, Ness KK, Lucas JT, Armstrong GT, Robison LL, Hudson MM.
Semen Parameters in Unirradiated, Alkylating Agent–Exposed Childhood Cancer Survivors in the St. Jude Lifetime Cohort Study.
Fertility and Sterility. 2026;126(1):57-66.
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